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●匿名希望:28歳

私は『障害者』『健常者』という言葉そのものに疑問を感じています。
区別か差別でいうと差別的要素の方が強いように思えます。
これを人に言うとひんしゅくを買いそうですが毎年テレビでやっている日テレの24時間テレビが、いわゆる『健常者』のエゴに見えて、正直あまり好きではありません。
『障害者』と呼ばれてしまう人達は本当にあんな事を望んでいるんでしょうか。テレビだから空気を読んで気を使っているだけなのでしょうか。一度、本音が聞いて見たいです。私は差別もしなければ特別扱いもしないというのが一番の優しさだと思っています。私の考え方は間違っていますか?
私にとって『障害』というのはある分野において圧倒的な才能や能力を生まれながらに持っている人達に与えられるハンデだと思っています。
ハンデの重さ=潜在能力だと思います。
とくに芸術的才能は努力でどうにかなるものではありません。見せつけられた時は自分にはこんな才能はないと落ち込みすらします。本来は尊敬すべき人達なのだと思います。

●有出 真由子 : 26歳 OL

 福祉とは、「生きる」ことそのものだと思います。
 私は海外へのボランティアの経験もあり、福祉については日々考えさせられますが、海外の福祉が必要とされる国々の特に、子供に比べ、日本の子供の「生きる」ことへの純粋なエネルギーが足りないように感じます。その意味では実は、福祉が必要なのは、日本の子供なのかもしれませんね。
 だからこそ、本誌のこのような活動が、身を結ぶことを願っております。

●吉澤圭吾様 : 56歳

する側・される側の間に立ちふさがる壁は如何ともしがたく、それは人同士の心の会話、すなわちコミュニケーションで解決していく他はないと思います。そこで大切なのが、お互いの「ありがとう」という気持ち。私は、今それを体感しとております。だから、私は、福祉は「ありがとう」という感謝の気持ちではないかと考えます。
 こういう媒体が、若者の間で流行っていくならば、日本の未来も明るいですね。がんばってください。

●カオス : 30歳 会社員

福祉って宗教みたい。

●匿名希望 : 39歳 フリーター

福祉とは、偽善者と善良者の集い。

●東出 奈央子様 : 46歳 主婦

福祉という言葉にずっと縁のなかった私ですが、つい最近、今まで風邪ひとつはかなかった父が脳溢血で突然倒れ、介護という世界を体験することになりました。前はどこか人ごとだった出来事も、いざ自分が…ということになると、キレイ事ではいかず、現実問題の大変さが先立つ毎日です。
肉親でこれだけ大変なのだから、他人様のお世話をなさっておられる介護士様などが、どれだけの苦労があるのか量りしれません。
しかし、介護をしていて喜びもあります。そこに、達成感を見出すことで、救われる気がしました。
 福祉とは私にとって=(イコール)介護というイメージですが、その福祉に携わっておられる皆様を心から尊敬し、応援いたします。この企画が、この雑誌が、福祉を少しでも明るい陽の差すところに導いてくれることを祈っております。がんばってください。